日本の労働現場の大きな特徴は、異常な長時間労働です。しかも残業代が払われないタダ働きです。
皆さんは「過労死デッドライン」という言葉を聞かれたことがあると思います。これは、これ以上残業すると過労死その他健康障害のリスクが高まるラインのことで、そのラインは月80時間とされています。ひと月の労働日を20日(週休二日)とすると、一日4時間の残業です。
しかし、私たちが日ごろ扱っている事件の場合、上記デッドラインを軽く超えています。その結果、たいていはまずメンタル面がやられ、高血圧、糖尿病等内科の病気を発症したり、最悪くも膜下出血、脳出血、心筋梗塞等で死に至ります。過労自殺も増大しています。
Aさんは長距離トラック運転手でした。長距離運転手の場合、厚労省は、1日の拘束時間は13時間以内を基本とし、延長しても16時間が限度であり、また、1週間における15時間を超える回数は2回が限度と規制しています。
ところが運送会社は、Aさんに対し、ほぼ連日1日13時間以上労働させ、16時間労働も頻繁にあり、1週間における15時間を超える労働の回数が3回以上あることも珍しくありませんでした。このような過酷な労働の結果、Aさんはめまい、ふらふら感、吐き気、耳鳴り、頭痛、右目視力低下が出現し、病院で診察を受けたところ糖尿病を発症し、そのために右目の視力が悪化したことが判明しました。Aさんはもともと軽い糖尿病がありましたが、眠気覚ましのために一日何本も缶コーヒーを飲んだのが原因で一気に糖尿病を悪化させたのでした。過度のストレスも糖尿病悪化の原因でした。こうしてボロボロになったAさんは生命の危険を感じて会社退職を余儀なくされました。これだけ長時間の残業をさせながら会社はAさんに1円も残業代を払っていません。Aさんは会社を相手に残業代と慰謝料を請求して裁判を闘い勝利的和解を勝ちとりました。
Bさんは、ある弁当屋に就職して約半年で店長を任されました。しかし、店長としての労働時間は午前12時からその日の午後5時、長いときで午後8時までというすさまじいものでした。一日17時間または20時間労働であり、その間休憩をとることはできませんでした。これで身体が無事なわけがありません。案の定、Bさんは店長になって3~4ヶ月でメンタルの不調を訴え診療内科を受診したところ「神経性障害」の診断でした。そのうち店に出勤すると動悸がし、また情緒不安定になりパートさんたちに対し八つ当たり、怒鳴る等の行動に出るようになりました。その後症状はさらに悪化し、ついに店に出勤すること自体が恐怖になったため、Bさんは店長になって半年後に休職し、間もなく弁当屋を退職しました。Bさんに対しても残業代は一切払われていませんでした。Bさんは、会社相手に残業代の支払と逸失利益の賠償を求める裁判を起こし、勝利的和解を勝ちとりました。
Cさんは、ある焼肉店で厨房内の調理主任の仕事をしていました。労働時間は午前8時台から深夜12時まで、その間の休憩は1時間半程度でした。一日約14時間労働です。Cさんも残業代は一切払われていませんでした。そこで、Cさんが残業代のことを上司に言ったところ、即刻解雇になりました。表向きの解雇理由は、「他の従業員に暴行を加えた」とか、「営業不振の整理解雇」というものでした。しかし、暴行は全くのでっち上げですし、会社はCさん解雇後新たな正社員を雇っています。会社の解雇理由は全くのデタラメです。Cさんは会社を相手に裁判を起こし(地位確認、残業代請求等)、ひとつひとつ会社の嘘を暴いた結果、高額の和解を勝ちとっています。
上記Aさんたちの事例は決して特殊な例ではありません。日本中でごく普通に起こっていることの氷山の一角にすぎません。 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をしなければならないとされています(労働契約法第5条)。これを使用者の労働者に対する安全配慮義務と言います。長時間労働との関係では、加重・長時間労働の回避義務(業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないようにすべき義務)、労働者の健康状態への配慮義務(労働者が健康を害しているか害する恐れがある場合は、職務から離脱させて休養を取らせる、他の軽易な作業に転換させる等の義務)が課せられています。
しかし、Aさんたちの会社はいずれもこの安全配慮義務に違反しています。したがって、Aさんたちは会社に対しそれによって被った損害(逸失利益、精神的被害の慰謝料)の賠償を請求することができます。
安倍政権は「残業代ゼロ法案」を国会に提出しています。これは、「時間ではなく成果に応じて報酬が決まる新しい労働制度」という触れ込みですが、成果が出るまで死ぬまで働かされるおそれがあり、また、「本人の希望が条件」と言われますが、会社との力関係で拒否できる労働者がいるわけがありません。上記Aさんたちは皆拒否できずに働かされ、身も心もボロボロになっていきました。「残業代ゼロ法案」は現行制度に大穴を開けるものであり、絶対に導入を許してはなりません。